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Through Football
(サッカーを通して得た、人との出会いや自分と向き合うこと)

有坂哲(石神井高校サッカー部コーチ)


石神井高校を卒業後、
都内の大学に進学するが本気でサッカーに打ち込みたかった彼の意志とは相反して部員のモチベーションは高くなかった。
周りとの温度差に悲観し彼は大学を中退し、知人の紹介でブラジルへサッカー留学することを決意する。
半年間ブラジルでプレーした後帰国し母校である石神井高校サッカー部でコーチを務める。
しかし26歳の頃に選手として自分が納得するまでやりきれていないという気持ちがあり、
もう一度選手としてのキャリアをスタートさせた。
その際彼が選んだのは縁もゆかりもない異国の地コスタリカである。
とことん挑戦するために全く知らない地に行くことを選択したのである。
コスタリカで2年間プレーした後彼は自分の選手としてのキャリアに区切りをつけて日本に戻ってきた。
そして現在は石神井高校のサッカー部で高校生を指導している。

彼の経歴を見ると人生の全てをサッカーに捧げ、サッカーの為に生きてきたように思える。
しかし彼の話を聞いてみるとそれは彼の経歴を表面的に捉えた筆者の浅はかな想像でしかないと痛感させられた。
彼に「サッカーはあなたにとってどんなものか?」と問うてみると彼は笑みを浮かべながら予想外の回答をした。
「サッカーは自分を表現するための手段。だからサッカーじゃなくても自分を表現できるものがあるならそれをやるよ。
でも俺はサッカーしかやってきてないし今のとこはサッカーが一番自分を表現できるしね。」

彼が取材中幾度となく口にしていた言葉がある。
それは『人との出会い』だ。
彼の座右の銘が『一期一会』であることからも彼が『人との出会い』を大切にしていることは伝わってくる。
しかし彼の言う『人との出会い』には、
日本で生まれ育ち異国で生活したことのない筆者の想像を遥かに超える重みがあった。

「日本にいるときは一期一会の大事さを感じていなかった。
日本ではどんな状況でも0からのスタートとはならない。
今まで積み上げてきた関係もあるし近くには家族や友人がいる。
例えば50が51になったとしてもわかりづらい。
でもコスタリカでは本当に0からのスタート。
だから誰かと知り合って0が1になる瞬間がはっきりわかった。
これがわかると日本に帰ってきて50が51になる瞬間もわかるようになったから本当にコスタリカに行ってよかった。」

コスタリカに渡ってからの半年間、
様々なチームの練習に参加させてもらえたが彼には腰を据えてプレーできるチームがなかった。
ある日トレーニングの為にジョギングをしていると
草サッカーを通じて知り合った男性が「なぜ走っているのか」と話しかけてきた。
「この国でサッカーをやっていきたいから練習している」と話すとその男性は次の日にある人を紹介してくれた。
それがマウリシオさんである。
マウリシオさんはコスタリカが初めてW杯に出場した際のコスタリカ代表の選手である。
コスタリカでは有名人であり日本でいう三浦カズやミスターこと長嶋監督のような英雄である。
2部のチームで監督しているマウリシオさんはそのチームの練習に彼を参加させてくれた。
そして彼が1部のチームのテストを受けられるように手配してくれた。
しかし1部のチームと契約に至らず、
お金も尽きかけてきて日本に帰ることを考え始めた彼にマウリシオさんは自分のチームと契約しないかと言ってくれた。
彼は喜んでマウリシオさんのチームとプロ契約を結ぶことになりそのチームで1シーズンを過ごした。

「人に出会う才能に恵まれているのでは?」と問う筆者に彼は
「もちろん自分のやりたいことは伝えるけどみんながみんなそれに答えてくれるわけではないからね。
だからこそ一期一会の大切さを実感できる。」と答えてくれた。
川島さんやマウリシオさんとの出会いによって彼の人生は好転していった。
これらの出会いは幸運だったのだろうか。
いや、彼の行動力がもたらした彼の努力の証であり彼の才能だろう。
もちろん、全てが上手くいくわけではないし、全ての人が自分に協力してくれるわけではない。
しかし明確な目標をもち積極的に行動している人には必ず手を貸してくれる誰かが現れるのだろう。

「一番自分に影響を与えてくれた出会いは誰との出会いか?」と問うと即答で
「川島さんとの出会い」という返答が返ってきた。
川島さんとの出会いにより彼の人生は劇的に変化した。
川島さんとの出会いはまさしく偶然だ。

彼が大学入学前、家近くの区民館のジムでトレーニングをしていると
見慣れないサッカーユニホームでトレーニングをしている人がいた。
当時日本で販売されているユニホームのほとんどを知っていたほどのユニホームマニアだった彼でも
そのユニホームがどこのチームの物かわからなかった。
彼は好奇心からどこのチームの物か尋ねた。
そのユニホームはブラジルで6年間プレーした川島さんが所属していたチームの物だということ。
そしてJリーグでプレーするという目標のためにトレーニングをしているということを教えてくれた。
そんな川島さんと意気投合し共にトレーニングをするようになった彼は
その後ブラジル留学の際に大変お世話になったという。
川島さんとの出会いがなければ今の自分の人生はない。そう言い切っていた。
取材日の前日も川島さんと会っていたそうだが
偶然の出会いが彼の人生を劇的に変化させ18年経った今でも関係が続いている。
偶然の出会いかもしれないが自分から声をかける行動力とサッカーに対する情熱が二人を結びつけたのでなないだろうか。

現在は高校生の指導をしている彼の指導者としての考えは明確である。
関わった子供たちがサッカーを好きで自分からやりたいと思えるようになること。
彼の中学時代の指導者はスパルタだった。
精神力はついたが中学校のサッカー部を引退してからの1ヶ月の方が技術が向上したという経験を持っている。
その自分の経験を通して子供たちの自主性がサッカーの技術力向上につながると確信した。
「子供が自分を表現することを大人が後押ししてあげることが大事。
型にはめるのではなく子供を認めて自主性を促すように。
でもそうすると指導者としてアプローチや対応が増えてくるから大変だけどね。」
このような考えの彼の下でプレーをしている子供たちが筆者には羨ましく見えた。

最後に読者である大学生にメッセージをお願いすると彼はすぐさま答えてくれた。
「大学生って難しいよね。高校の部活みたいにみんなで熱くなって打ち込めるものがないし。
でも大学生のメリットって時間があることだと思う。だから大学生はもっと旅をしたらいいと思う。
異国の地で一人になるということは自分と向き合うしかない。
それはすごく辛いことかもしれないけど必ず自分をいい方向に導いてくれる。
でも日本にいると自分から目を逸らせられるものがたくさんある。
テレビやパソコンや携帯やゲームなど。近くには家族や友達もいる。
だからこそ日本を離れて自分と向き合う時間をつくるべきだと思う。」
異国の地で単なる旅行者ではなくサッカー選手としてのキャリアを過ごした彼だからこそ語れることではないだろうか。

Trough Football
彼はサッカーを通して人との出会いの大切さや自分と向き合うことの大切さを実感してきた。
彼の人生においてサッカーが全てではないが多くのことをサッカーから学んできた。
現在は指導者という立場で自分を表現し、
また子供たちにもサッカーを通して自分の経験や知識を伝えようとしている。
取材中何度も繰り返された『人との出会い』という言葉。
多くの人が『人との出会い』が大切だと思ってはいると思うが、彼ほど身をもって経験した人は数少ないだろう。
0が1になる喜び。
異国の地でチャレンジした彼だからこそ感じることができた喜びであり
そんな彼から聞く『人との出会い』というフレーズは今まで聞き慣れた言葉とは思えないほどの重みがあった。

これを読んでいる読者で
「自分にはいい出会いがなかったな」と思っている読者がいるのならそんな読者に届けたい。
家から出てみよう。日本を飛び出してみよう。見知らぬ誰かに声をかけてみよう。
そうすればあなたの人生を変える『一期一会』に出会えるかもしれない。

【ブログ】
テツの「PuraVida!」日記

【経歴】

18歳 石神井高校サッカー部卒業
19歳 拓殖大学(中退)サッカー留学でブラジルへ
20~25歳 石神井高校サッカー部コーチ ランサメントFCコーチ
26~28歳 コスタリカ2部サンラファエルとプロ契約し1シーズンプレー
29~現在 石神井高校サッカー部コーチ

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